《「ユジュ」は「技術的」な「コツの世界」であると
同時に「超感覚的」なものを「知覚認識」する事に
重きがおかれます。》
《それは「自分一人」の「認識」から始まり「他の人」
「複数の他の人達」そしてその「複数の他の人達」が
作る「空間」の「場の氣」、そして更に「外にある」
「場の気配」、更に大きな「世間の人の氣の方向性」
でもある「想念」の流暢、更に大きな「時間軸」を
通しての「自然の移り変わり」と「対象スケール」を
変化させていく様になります。》
《こうして、どんどん「自己を中心」として周囲を取り
巻く様々な「氣」を「ミクロ」から「マクロ」に至る
まで「繊細」に「超感覚的」に「感知、認識」を可能に
していく事を「目的」とするのです。》
「古式マスターヨーガ」の「命題」とは「融合と調和、
そして「体現」です。「あらゆるもの」と「繋がること」
それにより「融合と調和」が成され、更には、それを
「実践」して「その道」に「生きること」こそ「体現」
になりますから、「ユジュ」とは「マスターヨーガ」の
「根本命題」そのものとも言えます。
《「古式マスターヨーガ」の「教え」では「開悟」に至る
「道筋」として、最終的には「超感覚面」と「哲学的
現実面」その双方における「融合的悟り」が必要で、更に
は現実の「実践」において、その「三つ」を「融合」
させる必要がある、と説かれています。これを「三花」と
言います。これを漢訳的にすると「彩華」となるのです。》
さて、これを解説しますと、今回の「テーマ」で書きました
「ユジュヨーガ」の「体得」によって「超感覚面」による
「氣」というものを「媒介」した「知覚認識」を高度に
進め、それらは「達観的な勘と感覚」を育てます。
その一方で「哲学的現実面」における「探求」とは、
「ギャーナヨーガ」を意味しています。「ギャーナ」とは
この「ブログ」にも度々登場する、「現実的現象」を
「逆算」して考える事により「哲学的真理」に導く手法の
事です。簡単に説明すると例えば「至極の豆腐を食べたい」
とした時「美味い大豆」と「美味い水」が必要である。
となり「美味い大豆」は、ある程度の「保存と輸送」が
可能とした時、「美味い水」の保存と輸送には限りがあり
ますから、「美味い水」を辿り探せば「至極の豆腐」に
辿り着ける「可能性がある」と帰結する。というような
「思考循環的考察」により「真理を探究」しようという
ものを指します。
《「ユジュ」という「融合調和」による「超感覚的」な
「真理」と「ギャーナ」により得る「現実的哲学展開」
な「真理」とは、「真理」の「表裏」であり「真逆」に
当たる「二極」「対極」の存在だと言えます。》
「ユジュ」は「感覚的」に個人である「自己の核心」を
もたらし、「ギャーナ」は現実の中に潜む「真理」を
知る「哲学の力」により「確固たる意思の元」となり、
《「直感感覚的」な「確信」と「現実論的」な「確信」
は「実践による行動」の「起点」となり「きっかけ」
「起爆剤」となるのです。》
つまり「最終的」に人としての「完成」と「安定」を
目指すのであれば「一極二極」でも駄目で、「ユジュ」
「ギャーナ」そして「実践による体現」による「三花」
「彩華」を得なければならない、と言えるのであって、
あらゆる世界の「探求者」「行者」にとっては自身の
「寿命」というもの、すなわち「時間との戦い」という
所になっていくのです。これは「大変なのですよね!」
更に、続けていきましょう!!
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