「どう使うか?」は基本的に「各個人の自由」では
あります。》
でも「目的性」も「生き甲斐」も無く「何となく」で
「歳をとる」のは「ヤバイな?」と思うから「氣塾」に
来られたり、ご相談されたり、セッションを受けて頂ける
のだと思います。
つまり皆さんそれなりに「ヤバイな」「どうにかしなきゃ」
「変えないと」と思ってはいるのです。
《「氣塾」には古来から伝わる「変わる方法」と「変わる
カリキュラム」が厳密にあります。》
《「氣塾」では「変わるための力」と「変わるための方法」
を「学んで」頂いています。「力と使い方の方法」は授ける
事が可能ですが、そこから実際に「行動」に移して「現実」
を変えるのは、あくまて「あなた自身」なのです。》
「得た力」「培った力」を「どう使うか?」は「あなた次第」
という事になりますが、そこで「現実」を「変化させる時間」
の「鍵」は、やはり
《その人の「本気度」一つに掛かっていると言えます。》
私は「氣塾」を通して、沢山の人の「転機」と「転機の進み
方」というものを「つぶさに観察」してきました。誰もが
「変わらないてはいけない」という思いに駆られて「何か」
を始めるのですが、やはり、そこに「思いの度合いの差」
が生じ、変化に対して「大きな個人差」が生まれる訳ですが
《結局、それらは予め「そうなるであろう」という当人の
「宿命のシナリオ」からは決して「逸脱」する事はなく、
その「シナリオ」が「完了する月日」だけが「個人差」に
より「伸びていっている」事が結構な頻度で確認できた
のです。》
これが何を意味しているか?というと、例えば「あなた」が
「輪廻転生」により「1~100」までを「経験」で学ばないと
いけないとして、既に何回か「転生」で「経験済み」だとし
て「今世」は、その内の「30~35」の段階を「学ぶ予定」で
「他の登場人物」と「約束」を組んでいたとします。
基本「宿命」とは「一本の川」と同じで「あなた」は「船」
に乗り「今世の川」を進んで行くことになります。もちろん
「順風満帆」の時期だけとは限りません。時に「悩み」時に
「つまづく」事や、明確に「失敗」する事もあるでしょう。
《これを「船」で「川の人生を進む」ことに例えると、
「悩む」事は「蛇行」する事ですし、「つまづく」事や
「失敗」する事とは「川中の岩」にぶち当たる事ですし、
「川縁に当たってしまう」事だと「例える」事が可能に
なりますよね。》
ここで「イメージ」してみてください。もしも「自分の
力」で「判断」が出来て、比較的に「迷わず、悩まず」
「失敗、挫折」が「少なければ」予定の「30~35」を
通り越して、その「一生」で「37や38」迄「段階」を
「クリア」する事が可能になります。でも、極端な例
として「悩んで蛇行」をしまくったり、「挫折」して
「川中の岩」に「ぶち当たり」しまくったり、「失敗」
して「川縁」に「ぶち当たり」しまくったりしてたら、
「どうなるでしょうか?」
《そうです。今世「予定」した「30~35」さえ「消化」
する事が出来ない「一生」も「あり得る」という事に
なって来るのではないでしょうか?》
結構、恐ろしいことですよ。
更に、続けていきましょう!!
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