《「困難」こそ「勝機」なり》これは古い表し方ですね。
今風では《「ピンチ」は「チャンス」》です。私はこれ
まで「ピンチ」に陥った時は、この言葉を守って必ず
「チャンス」に変えて来ました。何故なら「ピンチ」と
いうものが来なければ、人はなかなか「腰が上がらない
もの」なのです。何も無い時に「急に改革、改善」をしよ
うとする人は少ないですよね?でも、いっそ同じ「腰を
上げる」のであれば、これまでの「不本意」を「本意に変
えよう」として「チャンス」にするのです。私はいつも
こうして来ました。でも、実は
《「迷い」も「チャンス」だとも言えるのです。》
「迷い」とは「ピンチ」ではありませんが、それでも
「AかBか、それともCか」の「分岐点」に立っていると
言えます。前項での私の例の通り、ここで「上手く選択」
する事が出来たなら、それにより綺麗に迷いが吹っ切れて、
「大きなステップアップ」が期待出来るということなのです。
では、その為に必要な物事とは何なのか?となりますが、
《そもそも、何故「人は迷うのか?」というと、基本的には
自分の持つ「人生の時間」に対して「損をしたくない!」
という「思い」が生じるから「迷う」と言えますし、更に
言えば、その時の目の前の「選択肢」が、この「損をする」
を前提に考えた時に「損得の見切りが付け難い」から「迷う」
という事になります。》
《つまり「損得の検証の決着」が付けれないから「迷う」訳
です。》
では、「迷った時」の「正しい選択の仕方」を考えてみまし
ょうか、迷った時、その時の「あなた」の目線から見れば
「損と得」はどの様に見えているでしょうか?
《まず「得」であれば、あれこれと全てが「上手く」行って
「あっという間」に「得した事を実感」出来る。》
これが「得した」事のイメージだと思います。あれこれと
有っても、全てが「スムーズ」「短時間」ですよね?
《次に「損」であれば、沢山やるべき物事が発生して、手を
煩わせられた割には、結果として「得した気分に成れない」》
「損をした」事のイメージとは、やるべき事が山積した割に
自身にとって「良い結果」を得ることが出来なかったと認識
しています。これ「やるべき事の内容量」で「比較」して
みると「損をした」方が「得をした方」より「多い」様に
感じます。これを言い方を変えれば、
《「損」とは、一時的な「困難」である、とも言えます。》
つまり「損」とは「一時的な困難」、「困難」とは「ピンチ」
《「ピンチ」は「チャンス」》に戻ってくる訳です。そこで
《「人生の岐路」に立った時、どちらの道を進むかに「迷った」
ときは「難しい方」「困難な方」を選ぶと良い。》
という「言葉」に行き着きます。
更に、続けていきましょう!!
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