《「氣塾」で「ヨーガ」や「練功法」の「能力」を磨く
と、どの様な部分に大きな「変化」や「効果」が
身につく事になりますか?》
この「ご質問」に対して端的にお話しさせて頂くと、
《今「自分が認識している」最も「足りない部分」を
「補う」事から全てが始まる。と言えます。》
人の「性質」には「得手不得手」というものがあり、その
「人の個性」では「デコとボコ」の組み合わさった「星型」
の様な形をしています。言わば長所はデコで短所はボコです。
《そもそも、このブログでも言及している通り「氣」という
ものは、精神、肉体において「足りない所」を「補い、完成」
させると言う「補完」の性質を持ちます。》
《時折、人に現れる「困難」とは、この「短所=ボコ」を当人
が気づいて認識し、それを反省、解除、補填する迄、何度も
何度も繰り返し、同じ「困難」が訪れる様に出来ているもの
です。》
これは「根本的な解決」を考えて実行するまで止みません。
ですから、いつまでもその「足りない部分」により「不安」
や「恐れ」は続いて、その当人さんのお尻を叩いているの
です。もちろん、それではいつまで経っても「成長進化」は
計れませんから、その「ボコ=凹んだ短所」にそれを「補う」
為に「氣」は入り、その人なりの「解決の方法」を「模索」
する様になるのです。そして、その人は「行動による経験」
によって、その「短所を克服」する必要があり、それは、
全て「実践による経験」でしか「納得」する事は不可能と
いうことも、察しが付くと思います。ですから、後は
「行動に移す」という「本気度」が全ての采配を振るう
事になります。もちろん「困難」ですから「安置」なもの
ではありませんし、苦しいものとは言えますが、
《誰もがそこに「挑戦、克服」した事により「成長進化」
を獲得して来たのですから、我々はそういう生き物なのだ、
ということなのです。》
「短所の克服」に関しては、他の誰も「手を出す」ことは
許されません。全ては、その個人の問題だからです。
親身内でも友人でも出来る事は「言葉」で「勇気付ける」
「元気付ける」「肩を押す」ことだけです。
一人の人間として、自立独立するには、あらゆる「能力」
が必要となります。例えば「子育てして一人前」とも言い
ますが、それにより「観察力」「行動力」「忍耐力」と
様々な「能力」が身に付きます。それもこれも「子供や
家族」の為の「愛情」が原動力になって、その「本気度」
が育ててくれるものだと言えます。それらの「良い思い」
全てが「氣」だということです。「氣」とは全てを
「現実化」する為に存在し「鍛える」ものなのです。
《そうして、何かを成し得たとき、あなたの「心」は
その「達成感」と「自信」により、初めて「落ち着く」
事に成るのではないでしょうか?》
そうあって欲しいから、私は「氣塾」を続けている
次第なのです。
更に、続けていきましょう!!
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