が「先進的なより良いもの」を求める「強いモノ」と「古い
守旧的なもの」を求める「弱いモノ」とを「振り分ける」
現象となります。》
この「世の中」は絶えず「進化する」様に出来ています。
時代的にも「後退する」様には出来てはいないのです。
以前にも書きましたが、
《こんな時だからこそ「集団心理」「集団帰属欲」に
「従うな!」の教えです。》
この「サイズの現象」において、過去にも「恐れ、不安」
や「ネガティブな弱い心」や「ネガティブな選択」が
「この世の中」で「全てが正解」であり、なおかつそれが
長続きして「制覇」した試しは「ある訳がない」のです。
《そうと知れば、これは「一つの選別、振るい分け」だと
言えるのです。つまりこの後「ある時点」で「ネガティブ
で弱い選択を繰り返した人」と、この現象の間に「次の新
たなる何かを模索した人」との間に「逆転現象」が起きる
ことになります。》
「こんな時だから」と「後ろ向き」に「自粛」を繰り返す
事を「正しい」「当然」と「考えている人達」の「仕事自
体」が今、どんどん「無くなって」いってしまっています。
「自粛の連鎖」が広がれば、やがて「自身の仕事」にまで
「影響は広がる」のは当然の事なのに、イメージが出来な
いのでしょうか?あらゆる「バックヤードの仕事」「簡単
な作業」「清掃や案内」そういった「基礎的でも大切な」
《「弱い立ち位置の方」の仕事から、こんな時は「先に無
くなってしまう」のです。》
「安易な楽観視」が良くないのは分かりますが、どんな時
でも「恐れ、不安」がもたらす「ネガティブ」が全てにお
いて「正解」であった試しはないのです。
こんな時は同時に「安易な正義、道徳」も「通用し難い」
社会になるとも言えるのです。
《「強い者が弱い者を助ける」これは当然ではありますし、
責務とも言えますが、激動の「転換期」においては「価値
観」自体が「変わります」。つまり単純な「強い弱い」で
はなく「心のありよう」が中心的な「価値観」となり、
「ポジティブかネガティブ」かが大切になります。》
つまり「ネガティブな人達」にとっては、酷く「受難な時
代」になるということです。何故かと言えば、
《「弱い者」といっても「ネガティブな者」は根本的には
「救えない」からです。》
それは、自らの「周囲と自分自身」の「変化を嫌う人達」
であり、ゆとりの時間が有っても「何も考えずに」、日々
同じ「ルーチンワーク」を繰り返そうとする人達だと言え
ます。《そんな人達から先に、その日常が「奪われていく」
のです。》「あなた」はこの現実をどう捉えますか?
つまり、これは単純な「格差の肯定」ではありません。
自らが望んで、自らが進んで、自ら「格差の下」に行こう
としている人達も居るという事なのです。それも現代的な
「選択の自由」なのです。つまり、
《助けを求めない人に、無理やり「助けを出して」もいけ
ないのです。》
更に、続けていきましょう!!
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