人生・自分

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結局、我々は全て「積み重ねる」以外に選択肢が無い(自ら変化しなければいけない)2

「仕事」も「修行」も「本質」は「同じ」ことです。「積み重ねる」事によってのみ、「其れなりの人」になることが出来るのです。一つ一つの「壁」を「段階」に沿って、「経験」出来た者は「幸せ者」です。何故なら、それが出来たと言うことは「選ばれた」と同...
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結局、我々は全て「積み重ねる」以外に選択肢が無い1

「氣塾」を通して、または「個人的」に日々色々な「相談事」を頂きます。それの「一件一件」に向き合いその方にとっての「今の的確な解答」を「模索」していると「太古の昔」から言われている事ではありますが、一つの「真理」をつくづく思います。つまり、そ...
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「求道者」の歩む人生「守破離」(守破離の後とは?)6

「守破離」とは「修行者」が、その「一生」を賭けて、「道」を進んでいく「段階」の事を示しています。では、「修行」の後に「離」に至った者は、それで「終わりなのか?」と聞かれますと、更に次があるのです。《「離」に至った後に、また「守」に戻ります。...
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「求道者」の歩む人生「守破離」(開展緊湊の原理)5

「開展緊湊」の原理は、あらゆる「技芸」が最初は「大きく、明確、伸びやか」を求めて、やがては「小さく、無駄なく」つまり「コンパクト」になる方向にある、という「原理」であり、「型」からの「解放」を示す「守破離」の「離」の正体です。これは「古式マ...
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「求道者」の歩む人生「守破離」(離=開展緊湊の結果)4

「破」の段階は、「守」を「極めた」者が「独自の解釈」で「創意工夫」を入れたり、「行」において「足りない」部分を「別派」に求める、より「完成系」に近づけようとする「門派」を「超えた」段階です。ですから「破」は、「絶対必要」とは限らず「通らない...
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「求道者」の歩む人生「守破離」(破=門派を越えた試み)3

「守破離」の「守」とは「各門派」の「型」と「教え」を「守り」、その「教授法」に沿って「道」を進む「段階」です。一つの「道」を長い「年月」をかけて「段階」を「進む」のですから、「常人」には「ままならず」、「九割九分」はこの「段階」でさえ「脱落...
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「求道者」の歩む人生「守破離」(守=門派の型)2

「守破離」の「守」とは、「各門派」に存在する「型」であり「段階」全てを含んでいます。古くは「世阿弥」により「提唱」された、一つの「思想」でもあり、「武芸」を始め「書道」「水墨画」「茶道」「華道」「日本舞踊」「歌舞伎」と「道」が付く「伝統武芸...
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「求道者」の歩む人生「守破離」1

今回は、一人の「弟子」より頂いた「メール」から始まります。《先日、「守破離」についてのことを聞かれ、私も何となく理解でシックリとくる回答ができず宿題として、まとめてメールしたところ、木村先生にもご報告することをお勧めされたので、メール致しま...
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最後は「時間」との戦い=「自分」との戦い(相対的に異なる時間)10

私達が「氣塾」で行なう「行」の中で「時間への挑戦」という「テーマ」で、「人の一生」の中に「詰め込める」「情報量」の「限界」、これは「単純」な「知識量」ではなく、「経験」に基づく「智恵の量」「厚み」「深さ」の「可能性」を「追及」していると、半...
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最後は「時間」との戦い=「自分との戦い(融通無碍な時間)9

《「人」が「修行」によって得れる「時間」に対する「可能性」》を「時間」に対しての「知覚感覚」を元に「瞑想」によって「検証」を重ねると、あらゆる「事実」が「導き」出せます。前回の「極小時間」は「人」には「感知不能」ですが、その「反対」になる「...