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《「修行絶対主義」と「自然派、ナチュラル派」》もちろん
私も、極端な「生き死に」の体験を元にして、ある日突然に
あれこれを「分かってしまう」という「能力」が宿る可能性
がある、なんて事は知っているつもりでした。前項で書きま
した「かかりつけの先生」の場合「二度の死」を体験してから
あらゆる事が「分かる」様になった、という様なお話しでした。
それは元より「獣医師」ですから、絶えず「動物の生き死に」
に直面されている訳で、やはり、その「動物のこの後の余生の
程」が「分かる」と仰っておられますし、「腕の毛」を気の
ままに「起こす」こともされます。そして何よりお話をして
感じ取れるのは「哲学的思考」「ギャーナの段階」において、
かなり「高度な気付きと悟り」を持っておられるのは「気感」
としての「落ち着き度」とその「落ち着き度」から来る、
ある意味の「凄み」、いわゆる「ただ者で無さ」からも感じ
取れるものがあるのは「明白」だと言わざるを得ませんし、
その「獣医師」の先生の「人格」こそが「高位の僧侶」と
「同等である」と「自然派、ナチュラル派」の存在を認めざる
を得ないのには、間違いは無いのです。
とは言え、よくよく考えたら、そういう私でさえ、その様な
経験をしているのは、この「ブログ」でも過去に言ってますし、
弟子にも既に話している事です。それは、何かと言いますと、
《私が「師匠」から強力な「氣」を通され、「急激な覚醒」が
始まり、そこから解放されて、あらゆる「力を試す」ことに
なるのですが、実は、そこから「師匠の元」で「修行」を
始める迄には、数ヶ月以上の「タイムラグ」が有るのです。》
「覚醒初期」の「激しい気の吹き出し」から解放されても、
初期の私は「湧き出る気力」の「扱い」と「処理」には当初
苦労しました。まあ、その時「人生的大転機」に遭遇して
いましたので「気迫と覚悟」はしっかりと有ったのですが、
《単純に際限なく「湧き出る氣」の日々の「持って行き場」
が大変でした。少しでも油断すると、途端に「頭痛」が
襲ってきます。私は、その「強力な氣」の処理の中で、
自然にコントロールする為の「基礎的な呼吸法の全て」を
「師匠」に教えられる事なく「悟る」事が出来ました。》
その後に、その「呼吸法」の数々を「師匠」と確認する機会
が有ったのですが、「師匠」は「何故、分かったの?」と
驚いていたのを覚えています。不思議ではありましたが、
当時の私は、自分自身の持つ「氣の制御」にそれだけ「切羽
詰まって」いたからこそ、それが自然に降りてきたのだと、
今も思っています。そうでなければ、完全に「力の暴走」で
頭がおかしくなっていたと思いますから、これも「自然派」
だと認めざるを得ないのですよ。
更に、続けていきましょう!!
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