《「氣」は「感じる」のが手っ取り早い》と思います。
「氣塾と私」が何故「強い氣」に拘るのか?の話しを
させて頂きましょう。そもそも「古式マスターヨーガ」
とは「カースト」における「バラモン」の為に作られた
「修行法」なのです。インドの「ヴァルナ」での「バラ
モン」とは「司祭」を意味しますが、現代に置き換えると
「団体の長」ですから「経営者、社長」が近い表現となり
ます。「ヴァルナ」は「完全世襲制」ですから「バラモン」
の家に生まれた者は僅か「15~16歳」で「家を継ぐ」必要
がある訳です。でも、普通「経営者」とは「10年単位」の
「経験」を積み、困難と修羅場を潜り抜ける事によりその
「能力」を「開花」させるのでが、「バラモンの家」に生
まれたからと言って「決して出来が良い」とは限らないの
です。それでも「団体の長」ですから「運営の選択」を
間違える事は「団体の存続」と「民の運命」をも揺るがす
事に成り得るので「許されない事」だと言えるのです。
《この本来「何十年掛かり」で培うべき「経営者」独特の
「気力、器量、勘、予感」を「人工的」に作り出そうと
数千年前に「開発」された技術が「古式マスターヨーガ」
だと言えます。》
《この「気力、器量、勘、予感」が全ての「鍵」となりま
す。では、どうすれば「上記の能力」が「有効に機能」
すると思われますか?》
《その「答え」となるのが「力を得た」事により生じる
絶対的な「ゆとり」により「有効に機能」するのです。》
「分かりますよね?」あなたが困難やハプニングに「直面」
したとして、何の「ゆとり」の無い状態なら「パニック」
に陥ったり「狼狽」する事になり「怖気付く」事でしょう。
《あらゆる「力」というものは「気力、筋力、金銭力」
そして「持久力」も含めて、「強化養生」する事により
「圧倒的なゆとり」を生み出します。この「ゆとり」の
「説得力」こそが「精神力の支え」であり「勘、予感」を
正確に「発現」させる源となるのです。》
この世において、あらゆる「スキル、能力」は全て「力」
の「裏付け」と「下支え」により「担保」されているもの
だと言えます。そこに、どれだけの「良い理屈」や「思い
やり」が潜んでいたとしても、それが「机上の空論」では
意味がありません。つまり、
《人は根源的に、あらゆる「力」に「ゆとり」が無いと、
他の人達に対して「何もしてあげる事は出来ない」。》
「あなた」には「力」が有りますか?「あなた」には「力」
の「余力」を持っていますか?
《もし「あなた」に「本気」で「他の人達」に何か「良い事」
によって「役に立ちたい」と思うのであれば、サッサと
「力」を鍛え、蓄えて、「ゆとり」の中で何が出来か?を
考えるべきですね。》
これが「理解」出来たなら、「氣塾」に参加されれば良いと
思いますよ。
では、新たな「テーマ」に移りましょう!!
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