では、ここで「何故、大人は気脈に詰まりが生じるのか?」
と、そもそも「気脈の詰まりとは何か?」に関して解説した
いと思います。これに関しては「古代インド」「古代中国」
においても「見解は同じ」なのです。
《「気脈の詰まり物質」とは、人が「成長し、生きる」
中で生じる「自我=エゴ」の「蓄積」だと言えます。》
これを「インド」では「気脈が詰まる」と表現し、「中国」
では「気脈が閉塞する」と表現していますが、現象的には
「同義」だと言えます。詰まる元となるのが「自我=エゴ」
なのですから、「生まれた時の赤ちゃん」から「2~3歳」
までの「幼少期」においては、未だ「自我=エゴ」は形成
されていないので「気脈に詰まりは無い」訳です。
《だから「赤ちゃん」や「幼児」は「純粋」で「無垢」で
「汚れが無い」と言われるのです。》
《「自我=エゴの発生」とは「幼少期の記憶の形成」と
共に始まります。》
「記憶の形成される頃」ですから「4歳~5歳」ちょうど
「保育園」から「幼稚園」にあがる頃から徐々に「詰まり
物質」が形成されます。とは言ってもこの頃はまだ「詰ま
り」は少ない訳で、「言葉がまだ下手」という事もあり、
《「子供同士の間」では「何となく」の「好き」という
「ニュアンス」「気配のやりとり」により「感覚的に感じ」
「友達」になる、コミュニケーションを取る事を可能に
しています。》
まだまだ「ピュア」だと言えますし、この頃には「感覚的」
にも「気の循環」は未だ「旺盛」ですから、「不可思議な
もの」も見えていたりします。
《でも、そこから、どんどん大きく「成長」するに当たり、
「自我」は強く形成され、言葉は上手になり、それに合わ
せて「詰まり」は増えますから、徐々に「感覚的」なもの
に「頼らない」ようになり、「言葉」や「お金」等のより
「現実的」で「この世的」なものに「頼り、信じる」よう
に成っていくものなのです。》
でもこれは「仕方のない」事でもあり「自然なもの」とも
言えます。《それは「大人の社会」に出る為の「馴染む」
為の「準備」だからです。》ある程度「大きく」なってい
るのに「子供の頃」と同じように、他の人達の言うことに
何でも「疑い無しに、うん!」と言って「信じて」いる様
では、簡単に「騙されて」心が傷ついてしまいます。
《「自我=エゴ」を持つこととは「疑う」という事を知る
事でもあります。この「社会」とは「良いもの」「悪いもの」
も有る「善悪混合の世界」です。その世界で生きるという
事は「精神、身体」における「自立」が必要となります。》
まあ、こうして「大人」になり、人は「気脈に詰まり」を
「蓄える」ようになる訳です。そこには「個人差」があり、
《「詰まり」が「多い」ほど「自我=エゴ」は「強く」なり
それは「決め付け」や「わだかまり」等の「防御力」では
ありますが、同時に「自身の精神」を「苦しめる」元とも
なる、という事なのです。》
「分かりましたよね?」だから「氣塾」では、まず最初に
この「気脈の詰まり取り」が必要だと「主張」しているの
です。先にこれを取らなければ「成長」が厳しくなる。
その為に「発達」したのが「他派」には無い「気脈を取る
技術」なのです。
更に、続けていきましょう!!
コメント