哲学 「修行」の果てに、身につくもの3「ウパニシャッド哲学」 「ウパニシャッド哲学」とは「ヴェーダ」すなわち紀元前1000年頃より書かれた「バラモン教聖典」の「宗教文章」の中の「最後=ヴェーダーンタ」にあたり、「奥義の書」とされる「哲学」です。「古典サンスクリット語」によって書かれており、後の「インド... 2014.04.19 哲学
哲学 「修行」の果てに、身につくもの2 もう一つの「質問」です。《ウパニシャッド哲学とはどのようなものであり何を目指すのですか?》良い質問です。そもそも、難しい事を抜きにして「哲学とは?」を考えるに、「感性論哲学」の「芳村 思風」氏は、《事実を探究する科学・意味を探究する哲学》と... 2014.04.18 哲学
哲学 「自分」を探求して、見つけましょう9 「自己」を「探求」することは、今の「自分」をまず「見つめる」ことから始まります。それは、「自己」を「暴れるがままに」放っておくことからの「脱却」の「一歩」です。普段「放ったらかし」にしておいて「いざ」という時、言うことを聞いてくれる筈があり... 2014.04.05 哲学
哲学 「自分」を探求して、見つけましょう8 日頃「暴れ馬」のように、「雑念」に騒ぐ、「自己」を「見つめる」には、まず「ジッと」させるために「無我」をとる必要があり、「無我」のレベルの「意識」とは、絶えず「呼吸」と「繋がっている」「精神」を「集中力」により特定の「高さ」に「つなげて」お... 2014.04.04 哲学
哲学 「自分」を探求して、見つけましょう7「無我」 私の持論ですが、《「修行法」を選ぶのであれば「呼吸法」を持つものを選ぶべき。》何故なら、我々は生きている限り「呼吸」をしており、その「呼吸」にこそ「精神」「身体」を「制御」する「秘法」が含まれている。時に「阿吽の呼吸」と言いますが「阿吽=あ... 2014.04.03 哲学
哲学 「自分」を探求して、見つけましょう6「無我」 ここまで、「人」は太古から「自己」の研究にに励み、「自己」を「制する」術を「追い求めて」きた、という事実を書いてきました。やはり「いざ」という時に「頼りに」なるのは、「自分」だけですから、「自分」が「大事」であるなら、「自分」を「頼れる」「... 2014.04.02 哲学
哲学 「自分」を探求して、見つけましょう5「無我」 全てのことには「段階」があります。いきなり「自己」を「見つめる」としても「雑念」だらけの「騒がしい」自分しかありません。そこを「行」によって、少しづつ「無我」を作り、「我」の間に「挟んで」いって、「意識」を降ろす「訓練」をします。その訓練の... 2014.04.01 哲学
哲学 「自分」を探求して、見つけましょう4「無我」 「汝、自身を知れ」と昔から申しますが、やはり「簡単」ではない。前のシリーズでも言及しましたが、ただ単純に「内観」したとしても、浮かぶのは「雑念」ばかり、「認識」と「思い」を繰り返す、「自身」の「思考」は、まさに「暴れ馬」のようです。そもそも... 2014.03.31 哲学
哲学 「自分」を探求して、見つけましょう3 起こる「物事」によって、本人の「予測外」に「変化」して、「掴み所」の無い「自己」。これを「コントロール」する「前」に、いかなるものなのか?を「人類」は太古から「追求」してきました。近代の哲学は「自我の自覚より始まる」と解きます。そもそも「自... 2014.03.30 哲学
哲学 「自分」を探求して、見つけましょう2 「自己」つまり「自分自身」とは?「何者?」を問うていくのに「魂とは?」は「表裏一体」であり、「輪廻転生」つまり「次」が有るのか?前はあったのか? によって「立ち位置」はかなり「変わる」ことになり、その国の「宗教観」によって、かなり「見解」が... 2014.03.29 哲学