再解説、続「念」の正体(その良し悪しは関係ない)2

《その良し悪しは関係ない》「氣」というものは「生きて」いて「呼吸」をしている人であれば、絶えず発せられているものですが、「人」とは他の人達と絡んで様々な日常を送る中で色んな出来事があり、その都度何かを思っている訳でして、その「感情が強く」な...

再解説、続「念」の正体(そのおさらい)1

《続「念」の正体》《そのおさらい》皆さん、余程「念」というものには興味があるようで最近の質問には「念の正体の解説を!」とか、「良い念とは、どんなもの?」とか、やたらと「念」だらけです。「念」に関しては、当ブログでも度々解説しておりますので、...

再解説、氣と魂と念と霊、全ては一如(全ては同じで一如)12

《氣と魂と念と霊、全ては同じ一如》人は「霊魂」や「念」と聞くだけで、恐ろしげな感情を抱きます。要は見えないだけの事なのです。「霊魂」の「霊」とは本来「神妙」なものであり、「魂」を含めて同義としており、人類誕生以来「霊魂」の概念は「ネアンデル...

再解説、氣と魂と念と霊、全ては一如(死へと至る道、行く側と送る側の心)11

《死へと至る道、行く側と送る側の心》さらに、前回に続きます。私が父から感じ取った、「死に際の人の心理」とは、「死を悟って」穏やかという終わる心持ちとは違い、「次の世界」への「安楽の確信」と「体を手放す」ことへの「自由感」に満ちていて期待さえ...

再解説、氣と魂と念と霊、全ては一如(死の間際の人の心理、心根)10

《死の間際の人の心理、心根》前回に続きます。「臨終」に近付いた患者は諸々の配慮から「一人部屋」に移されます。移される時に看護師さんから説明を受けるのですが、その説明の中に「死に行く人に共通する心理」が見えます。その説明の中に「必ず、誰か一人...

再解説、氣と魂と念と霊、全ては一如(死に近づく人の中では何が起こる?)9

《死に近づく人の中では何が起こる?》「行」を進めるとあらゆる「感覚」を磨くことが出来ます。そのあらゆる「感覚」によって、「氣」と「魂」そして「念」と「霊」とはどのようなものなのかを正確に認識する事が出来ます。そしてその「正確な認識」は本当の...

再解説、氣と魂と念と霊、全ては一如(原人にも既に死生観は有った)8

《原人にも既に死生観は有った》人は「見えない」あらゆるものを「恐れ」ます。他の人の「心」や自分の「未来」や「結果」。見えないから「確証」出来ないものごと全てにおいてです。「恐れ」を持たない人はいないとも言えます。でも「修行」を重ねると「不安...

再解説、氣と魂と念と霊、全ては一如(「あの世」と「この世」)7

《「あの世」と「この世」》そもそも、我々は「あの世」に居た時は「魂」だけの存在だった訳で「体」という実体の無い存在、「輪廻転生」の中で得た「経験、実体験」を元に「空想」の中で自由に何でも出来る世界です。体が無いので「思い」を偽れません。思っ...

再解説、氣と魂と念と霊、全ては一如(物に宿る氣)6

《物に宿る氣》よく「入魂の作」と言いますが、物には「氣」「念」そして「魂」が宿ります。「心を込める」と言うのも同じ事です。画家や書家は「筆」に思いを乗せ、音楽家は奏でる「旋律」に心を込めて演奏します。「芸術家」だけではなく「職人」の世界も同...

再解説、氣と魂と念と霊、全ては一如(氣の流れと「神社仏閣」)5

《氣の流れと「神社仏閣」》「氣」というものは「霧」のように「振る舞う」ので通常の状態では一定以上のまとまりはありません。山肌、山林、地表から絶えず「湧き出て」供給され、「枯山水」の模様のように離合集散をしていきます。時に地形の状態に応じて、...