《全ては「呼吸法」から始めて頂きます。》最後はある意味
「特別な例」と言えます。「氣塾」には「生まれつき」や
何かのきっかけで「霊感が強く」なってしまった人達も多数
参加されています。これは前項の「勘、予感、直感」の先に
在るものです。そういった人達はやがて《あの世、この世の
不可思議に気付いてそれらを理解出来る力が欲しい方》や
《良い発想の為に瞑想をマスターしたい方》という「目的」
を持って「氣塾」を見付けて「参加」される事になるのです。
《ここでも「氣の養生」と、その為の「呼吸法」が重要と
なります。》
《何故なら「霊感、勘」が「強い」からといって、その人
自身の「氣」が「強い」とは限らないのです。「気は弱く」
ても「感度、感覚」が「人並み以上」に「鋭い」だけの人
も中には沢山おられる訳で、その場合「日常生活」がその事
に多分に「振り回されている」のです。》
そんな「振り回されている方々」を近年では沢山見かけます。
彼らは「霊感が強い」だけで「修行」をした訳ではないので、
その実は「弱い人」が多いのです。その場合、絶えず「霊障」
等に悩んでいたりもします。つまり、ここでも「気力」が要る
のですよ。「よく考えてみてください!」
《「この世」と「あの世」に関わる「根源的」な物事はとても
「シンプル」な「システム」によって成り立っています。》
そもそも「氣」とは「あの世とこの世の狭間」にあるものです。
《そして「氣」とは「魂が燃える」時に出る「湯気」です。
「水」は温めれば「湯気」が出ます、その「湯気」を集めれば
また「水」に戻ります。つまり「水と湯気」とは「同質一如」
なものなのです。》
その「氣」に「思い、心」という「波」が乗ったものが「念」
です。「念」とは「今の心」と書きます。そして単純に「肉体」
を持ちない「魂」が「霊」なのですから「氣、魂、霊」全ては
その時のあり様の「呼び名」が違うだけで、全て「同質一如」
なものなのです。
《そして、これら「あの世とこの世」に関わる「諸法則」を
「腑に落として悟る」「気がつく」事が出来るようになる
「技術」こそが「瞑想、禅」というものなのです。》
「瞑想」とは「この世」から「感覚的にズラす技術」だと言え
ます。その為には「煩悩」が邪魔になります。「煩悩」とは
目の前の「あらゆる変化」に「反応」してしまう「本能的」な
働きです。これを「遮断」して「没頭」に入る為には段階的に
「深く意識を下ろす」必要があります。
《さて、どうすれば、そんな「意識」を「下げる」事なんて
「可能」になるのでしょうか?》
《それを「可能」にするのが、唯一「呼吸法」となります。》
私が「あの世この世」に関する事実を上から「引っ張り降ろし」
この「ブログ」を毎日、長年に渡って書き続けていられるのも
日々の「瞑想のおかげ」なのです。そしてその「瞑想」にして
も「呼吸法」により「成り立っている」のですから、ここでも
「呼吸法」から「学んで」頂くという事になるのです。
《あらゆる「秘技」を可能にする「呼吸法のバリエーション」
を持つ「氣塾」にいらしてくださいませ!!》
更に続けていきましょう!!
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